2004年秋 山深い自然の郷深まり行く秋に向けて

 山深い自然の郷、丹生川村の秋は夏の終わりと共に駆け足でやってきます。秋はとてつもなく短くて、もう乗鞍岳は雪化粧。ふもとは紅葉、頂は白一色。自然はなんときれいなのでしょう。そしてなんと残酷なのでしょう。今年のあきは相次ぐ台風、新潟県中越地方の地震と、今も避難所暮らしの方がた、大雨などで大変な思いをなさいました各地のかたがた、心からお見舞い申し上げます。本当に今年は散々でしたね。頑張ってほしいと心より祈っております。

 高山市の一部でもやはり大変な場所もありました。お亡くなりになった方もあります。おかげさまで丹生川村はどうにかたいした人身事故にもつながらず、畑の作物が雨のために不作だとか、秋のシーズンにキャンセルが台風のために続出という程度で、よそ様の地区に比べたら不幸中の幸いというべきかもしれません。年老いた父と子供の居ない中年夫婦と子供代わりの二匹の犬と5匹の猫達。感謝して暮らすことに致します。
 
 ここは「森ヶ城あと」と言う目の前に広がる大きな山のふもとですが、幸か不幸か父の代で当時の「国の政策だった植林」という山の手入れをやめてしまっていますので、ひのきや杉などに比べると雑木は根がしっかりとしていて、水分を蓄える力があります。「山は天然のダムだ。人が手を加えない限り原生林には自然に勝つ力がある。」父の言い分によると「今残っている爺様やひい爺様のひのきやケヤキの大木を切らない限りこの山は抜けてくることはない。命が惜しくば、山の木に手を付けるな。先祖のたくわえに頼らず経済をうまくまわしていけ。」其れが父の口癖。

 「山の木を切って売ってしまえば何百万、いや何千万というお金になる」と思うと伐採して植林すればなどと思うこともあるのが経済の流。我慢して、その分一生懸命働いて、はでにやりたいところを身の丈にあわせて生きてきた。「お前は女じゃ、豪壮な建物など要らぬ。男と張り合って立派な旅館にすることなど考えずとも、生きていけるだけのお客様に理解してもらえる旅館であればよいのじゃよ。競争なんかしてはだめじゃ。人は人よ。飛騨の飛騨らしい、一夜の安心して泊まれる、清潔な寝具でぐっすり眠れる宿をやっていけばいい。わしは百姓しか知らん。旅館のことは何にもわからん。お前の好きにやればええけど、道はいくつもある。お前の歩いていく道は一本しかない。一番好きなことを思い存分やれること、先祖に感謝してこつこつと歩けばよい。まっすぐな高速道路でなくて、岐路に立つたび悩み選んだお前だけの、生きてきた道になる。支えてくれる周りの人々が居てくれればこそということを忘れずに生きていればいい。田舎者の美徳は義理堅さじゃ」いつも父が言う言葉が私の基本姿勢を作り出してしまっている。いつの間にか、はんこはつくけど口は出さぬという父のスタイルが、私を洗脳してしまっていたのです。のどかな田舎のほのぼの感を保って来年、2005年2月よりこの丹生川村も「高山市丹生川町大谷46-2 旅館弁天荘」となります。どこか何か変わるのでしょうか。

 犬や猫のことを大事にするなんて、この大変な時節にとお叱りを戴くかもしれないけれど、新潟で今大変な思いをなさっているかたがたのペットちゃんたちはどうなっているのでしょう。人の食料はどうにか何とかなってきたかもしれないけれど犬や猫はどうでしょうか。犬の餌のコーナーで、「ああーここの棚の餌全部被災地のペットに送ってやりたい。」思って思わず立ち止まってしまいました。猫の分も犬の分も、お店に出ている全部買い占めたら、どこに頼んだら送ってもらえるんだろう。自分で持っていくにはボランテイァの手続きでもしなければだめなのだろうか。私も貧乏暇なしの生活で、私の宿を、ほっぽらかして被災地へ運んでゆく日程のゆとりもない。もし募金をしても犬や猫のえさにしてもらえるかどうか、やっぱり人が先だろうなー。考え込んでしまう。避難所の体育館で2日目から避難していた人が犬連れだからという理由で、寒い外の雨の中テントに移動させられたというニュース。雨の中それぞれにチワワやパピヨンやマメ芝を連れた人たちが、荷物と共にうずくまるように雨の降るコンクリートの上に青色のシートを敷いただけで途方にくれてただずんでおられる映像が流れ、可愛い家族だから外に追いやられても犬をそばに置きたい。犬は外といわれれば、犬とともに外に出て行く飼い主の方。私は胸がつまって涙がこみ上げてきました。

 その後同時に被害の少なかった地区の気の利いた畳屋さんが、ペット連れのテントに畳を50畳注文されたわけでもないのに、寄付すると持ってこられた映像が映り、その温かいその善意に、涙で一杯になりました。何かして差し上げたい。そんな気持ちでほんの少しだけど、地元の郵便局から赤十字を通して新潟中越地震被災地に送っておきました。東海地震もいつあるか知れないと騒がれています。もし、私のこの家が無傷だったら、この地区がさほど危険でなかったら。犬は50頭。いやスペース的には80頭かな。犬と飼い主さんなら18家族まで。前面受け入れしたい。当面、一ヶ月や二ヶ月くらいまでの当座なら、非難してきてもらいたい。もちろん助け合いだからお金なんか後回し。商売なんか返上して、必要最低経費、その日が越せればいいと思う。みんなで助け合って当座をしのいで行く「ノアの箱舟。」でいいのではないか。万が一、そんなことがあってはならないし、ありえることは予期したくないけれど万が一のときは、近隣で被災地となった場合はぜひ弁天荘を頼りにしてください。ペットも一緒に楽しく旅行に来られる、いいときだけのペット旅館ではない、そうありたい。

 私は犬も猫も動物もみんな大好きだから。新潟中越自身の被災地の犬達。何を中傷されようと、人は人私は私。かわいそうだもの。人も犬も。これから寒くなる。つらいと思う。気の毒でたまらない。私がその家の何匹か責任を持って無償で預かってあげればいいのだから。其れが私にできるボランティア。亭主が反対しようと、従業員が悲鳴を上げようと説得して受け入れていこう。現地に迎えに行こう。犬達を。猫達を。避難生活が長期化してきている様子。新潟に電話してみようかしら。犬が負担にならないためにも。これから先の生活を一日でもし早く立て直していただくためにも、高山の保健所でも通して連絡とって見ようかしら。心が何かしてやれることはないだろうか。自分の生活も大事だけれど、おかげさまでこんなに平和に暮らせているのだから。励みにもなるだろう。癒しにもなるだろう。そばにおいておきたい人と、犬がそばにおけない状態の人と事情はさまざまだと思う。様子がわからないから、早速明日、あちこち連絡とって見よう。



 11月2日
テレビのニュースの中に中年のご婦人が「涙声で猫の頭をなでて、ごめんよ連れて行けないんだよ。いい仔にしていてね。」そういい残してヘリコプターに乗り込んでいく姿や、飼い主を見つけて飛んできた飼い犬に後ろ髪を惹かれる思いで置き去りにせざるを得ない現状。「連れて行けないから。」とつらそうにインタヒ゛ューのマイクに答えておられた男の人。きっと皆さんもテレビを見て涙がこみ上げてたまらない気持ちになっておられた事と思います。

 一夜明けて私はあちらこちらへ連絡を取りました。まず、知りたい情報というものはなかなか大変な思いと努力をしないとわからないという現実にぶち当たりました。電話問い合わせ。お役所関係。ボランティア関係。新潟中越地震の災害救援ボランティア本部とか、新潟県の動物管理センターとか、日本動物愛護協会とか、情報を求めてあちらこちら一日中電話して、やっと平成16年11月2日の現状が把握できました。今日現在の関係各所より電話してお聞きした内容をご報告申し上げます。

 新潟県の動物管理センターの状況把握では、県内外の被害が比較的少なかった地区で動物を収容できる施設では手分けして収容し、まだ収容能力に施設もケージもゆとりがあるそうです。そしてあの可愛そうな被災地の村の置き去りにされた犬や猫には、その地区の保健所の人が餌を持って行って与えているとの事です。そして緊急事態の対策も今計画中との事です。そして被災地の避難所のペットちゃんにはそれぞれハウスになるケージが届けられたそうです。犬も飼い主のそばにいるのが一番安心。、飼い主もそばにおいておきたい。気持ちは、痛いほどわかります。



 私にも「レオンやジョン。タマやミーコ。チャメとシロ」という2匹の犬と5匹の猫。かけがえのない子供たちがいますから。そしてジョンの家には長期預かりのワンコたち。「近々旅館のスタッフとジョンの家のスタッフ合同であらゆる災難を想定して緊急時の避難訓練を早急に実施しよう」と心に誓った私です。ほっとしました。聞いたとき本当に心の霧が晴れていくようでした。

 どうか皆様もお元気で。又弁天荘の館でお会いできますように。お待ち申し上げております。

平成16年11月1日  弁天荘   女将 森 和歌子