2006年夏の終わりにて

皆様お元気でしたか。しばらくの御所無沙汰でした。

「飛騨高山」という地は、もう飽きられてしまったのだろうか。 そんな疑問が頭の中をよぎり、言い知れない不安に駆られてしまう。
連休をはずして4月5月6月。国道158号線も車の通りが少なくて、弁天荘のお客様もまばら。正直言うとちょっと物入りばかりが続く苦しい経営でした。
春の雪解けの雨だれの音を聞きながら、長い冬から目覚めた弁天荘。 雪解けのあたりを見渡せば、豪雪だった冬に雪害で破損した無残な弁天荘の館が、ただずむ。 「ワアッーこれはひどい」私の情けない声があたりにむなしく響くだけ。
雨どいは雪の重い塊で、引きちぎられ、クーラーの室外機の配管にいたっては見事にへし曲げられている。雪の重みで木造作りの塀は倒れてしまった。 人の命にかかわるほどの災害はなかったにせよ、大損害をこうむる。
思えばあけてもくれても雪下ろしに追い立てられた今年の年明け。 宿の仕事の一番に、お客を見送った後は主人も女の私も老人の84歳の父も皆屋根に上って重い雪を下ろす。従業員は館の中。経営者の家族は屋根の上。 毎日が肉体労働の疲れでへとへとだった。
人に頼むより、まず自分で「頭の上の重い荷物」をおろさなければならない。 業者に雪下ろしの予約をしても、飛騨中だから順番待ち。 それでは間に合わない。雪は刻々と降り積もるのだから。 確かにテレビのニュースでも騒いでいたように豪雪で名高い東北地方ほどではないにしても、大雪の被害は大なり小なり飛騨地区にはあったと思う。

なぜこんなにお客様が来てくださらないのだろう。まだ世の中は不景気なのか。 都会は景気が上昇して、金利も0金利時代を脱皮したとニュースは騒いでいるが、田舎はまだまだ暗黙のトンネルを抜け出せない。 弁天荘の努力が足らないのか。私の作る料理がまずいのか。 客が少ないと暇ができ、愚痴っぽくつまらぬことばかりが口を突き出てしまう。

春先、苦悩の末に「お金がない。ない。」といいながら、私は雪害保険を足して何とか工事にとりかかった。そしてあちら、こちらの修復をした。

初夏。6月。まだまだ出足が悪い。天命を尽くして仁慈を待つ。 「きっといっぱい来てくださるよ。」 そう信じてスタッフたちを励まし、私は一人畑に向かった。
暑く照りつける太陽と草の生える自然の大地。 3反の面積の畑はかなり広い。きゅうりを植えつけたり、ナスを植えつけたり。 黙々と働いた。「無農薬野菜。グリーンフィールド」の看板を畑に立てる。 「旅館休業して農業にでも商売換えするのか」と陰口をたたく人もいたが。

流れる汗をタオルで拭きながら、麦藁帽子を内輪のように仰ぐ。 青い空はどこまでも深く、見上げる私は、「ありんこ」よりも小っぽけ。

無限大に広く、果てしない空に、「お客がこない」だの「お金がない」だの「狭いこの地域に、ペット専門の全国チェーンのホテルができて競合する」だのと、むざむざの生きていくことのつらさを、かき消されてしまいそうになる 。 我が家の犬「レオン」や「ジョン」だけが畑で土を穿り返してはしゃいでいた。

甘長こしょうもオクラもモロヘイヤもポット苗を買っていたのでは追いつかないので、種から育苗箱で育てる。種を蒔き芽が出て、育っていくのが楽しみ。 草対策と作物に土がつかないよう、畑はマルチと草シートを敷き詰めた。 「元は農家の娘」とはいえども、私は畑仕事など見様、見まね。 50代にして初めての作業ばかり。旅館の女将業には程遠い仕事。 暑さの炎天下労働は、重労働。結構きつかったけれど楽しかったと思う。 とうとう「ささげ」のネットのトンネルは、豊作の重みで一方へ片がってしまった。笑ってしまった。

そもそものきっかけは「安いからといって、外国のどんな消毒剤や殺虫剤かけたか、わけのわからないような野菜は使いたくない。」 「どんなに仕入れ値段を抑えることといっても、それだけはいやだ。」 それが私の心の叫び。食いしん坊の私としては耐えられない。 知らないうちに体内に毒素がたまっていくなんて。 だから、自分で作ってお客様の食卓の食材にすることにした。 みんな幸せに長生きしたいから。
s 「そんなことしたって。客なんか来ない」という同業者や 「女将らしく、電話番でもしていてくれればいいのに。」冷ややかに物言う家族。 何を言われても信念のように、来る日も来る日も畑へ。 たった一人私がままごとみたいに、耕して作った作物はおかげさまで豊作。 ナスもきゅうりもオクラも甘長コショウも、かぼちゃもプリンスメロンも鈴なり状態に大豊作。夏の終わりのお客様には、もれなくプレゼントをした。

お客様の夕食の食卓には、自家製野菜を料理して出すことができた。 きっと秋のお客様にも、自家製野菜をお出しし続けることができるだろう。 私の作った無農薬の野菜。 「どうぞお土産に無料です。朝の散歩に行ったとき採ってください。」 と玄関に張り紙を出し、バケツと野菜切バサミを置くまでなった。 来年はもっと畑を充実させたい。もっと春から収穫できるようにしたい。 「無農薬野菜農園」は、雑草との戦いだ。早い段階で草シートを敷き詰めよう。 「よーし。がんばるぞ。」新しい趣味に目覚めた私でした。

人間はどんな屈強に立たされても、大地にはいつくばっても健康でいられさえすれば、必ず道がそこに開けていき。 心が暗くなっていては前に進んでいけないから。 明るい太陽を仰ぎ大空の下に立つと、いいことが一杯見えてくる。 犬のように明るく陽気に、生きることに、たくましく忠実でありたい。 そう思う私です。
普段旅館では表に出ないで裏方作業ばかりしていますので、お客様との心の交流はこのホームページが唯一になっています。よろしかったらお便りください。 私の年齢も「団塊の世代の部類」に入るのでしょうか。 ものづくりに懸命になってきた人生です。 「グループサウンド」「歩行者天国」「スキーブーム」懐かしいですね。 では皆様お元気で、ごきげんよう。身も心も健康で長生きしましょうね。 旅館弁天荘でお待ちいたしております。

                           
 2006年8月28日
ペットと泊まれる安らぎの宿 旅館弁天荘 女将 森和歌子