女将の心   2011年

忘れもしない東北大地震。春が間近の3月11日。
東北の何県にも渡る、海沿いの町や村が地震のすぐ後に大津波に襲われました。
海に近い町や村や、一瞬のうちに海のようになりました。
テレビのニュース報道が紛れもない現実を伝えていました。
多くの人々が何千人というという、数で行方不明になったりお亡くなりになったり。
何十万人という人々が避難所暮らしをしました。
人々は一瞬にして思いもしない、何もかもなくしてしまう、不幸の中に引き込まれました。
世界中からお見舞いの言葉や励ましの義捐金が届けられました。


「友達作戦」ということで困っている日本人にアメリカの海軍の兵隊さんたちが、助けにやってきてくれました。
日本が昔戦争をした相手国なのに。世界中の人々から支援がありました。
大変な「天変地変」が起きてしまって、驚くやら。悲しいやら。これから先どうなるのでしょうか。
頑張る日本だから、きっと復興します。

きっとまた平和で楽しい日本に復活していくでしょう。
飛騨高山の山間の小さな旅館の女将。
来年還暦を迎える、私がどう泣こうと叫ぼうと、時は流れていくのかもしれません。
でもこの記憶は、しっかりと記録しておかなければ。
沢山の尊い命が犠牲になってしまったのだから。

東北に限らず、高山の街も、津波の「引き波」のように街の中から「観光客の姿」が消えました。
5月連休。夏休み。
弁天荘に「おなじみの固定客様」のおかげで、どうにか宿をつないでいけました。
おなじみ様のご支援のおかげです。心からシーズンが越えられた感謝を御礼申し上げます。
来年がどうなっていくのかわかりません。がんばらなければなりません。
私の生きがいは旅館弁天荘です。
世の中から拒否されてしまわない限り、宿の経営に最善の努力することを誓います。
いつまでも「ご愛顧」していただく宿として、あり続けることが、今現在の目標です。


 平成23年5月吉日
旅館弁天荘 女将 森和歌子